生きてることが辛いなら

社長です。

私、森山直太郎さんが好きなんです。5、6年前からですね。

「愛し君へ」に衝撃を受け、車で、カラオケで、屋外で何度も歌いました。

 

正確に言うと「森山直太郎さんの音楽が好き」なんですぇ。

本人と直接会ったことなんてないしね…

御徒町さんとの合作ということですから、さらに正確に言うと、

「森山直太郎というアーティストが出しているCDに入っている音楽が好き」なんですね。

 

最近は、新作「ありとあらゆるものの真ん中で」をよく聞いてます。

このアルバムの中に入っている曲「生きてることが辛いなら」をこのアルバムを聴いて、

初めて「じっくり」聞きましたが、、

 

号泣メーーン!!

 

名曲ですねぇ、、

歌詞↓

http://www.naotaro.com/special/ikite_ly.asp

 

何を今さら、とお思いの方も多いでしょう。

御存じの通り、この曲は、約2年前にシングルとして発表されているのです。

 

しかもこの曲は、当時物議を醸しまして、冒頭の歌詞が、

「生きてることが辛いなら いっそ小さく死ねばいい」

なんて歌詞なもんですから、自殺を示唆しているだとかで、当時コンビニで放送禁止に

なったように記憶しております。

 

さらに続きは「恋人と親は悲しむが 三日と経てば元通り」、、、

この冒頭の部分だけを抜き出してしまうと、残酷・冷徹ともとれる歌詞です。

 

しかしながら、全体の歌詞を眺めてみると、「死ねば良い」なんて事が言いたい歌詞ではないことは明白です。

 

詩人である御徒町殿(プロのミュージシャンである森山殿)の歌詞を解説する術は、私にはありませんが、私なりの推察では「死ねばいい」の詞の前についている「小さく」がポイントな気がします。

 

でも、「生きてることが辛いなら」から始まり、その後に続く言葉を変えるパターンを4回繰り返すような歌詞構成になってますが、

冒頭の部分に「死ねばいい」を持ってくれば、物議を醸すのは想像に難くありませんから、確信犯だとは思いますけどね、、、

 

でも、冒頭の「いっそ小さく死ねばいい」と最後の「嫌になるまで生きるがいい」が枕詞的に情緒を生んでいるんですかね。

そういうことでイタ仕方なく、冒頭に「死ねばいい」がきてるんですかね。

 

冒頭で「生きるがいい」と言われて、曲の最後で「死ねばいい」って言われたら、、

そっちの方が、アレですからねぇ。。。

中途半端な部分で「死ねばいい」と言われてもねぇ、、

 

やっぱり冒頭に「死ねばいい」と言った方が「起承転結」の「起」になりますな!

ラクダのラッパが聞こえますな!

 

 

話がそれましたが、、、(本題にもつながるんですが)

直太朗が好きとか何とか言っておきながら、話題のシングル曲さえも聞いていないのです。

 

これには私なりの考えがありまして、、、、

 

でも眠たくなったので、今日のところはこれぐらいで勘弁しちゃりましょう。

お休みなさい(-_-)zzz